赤十字の精神
私たちは時々「何々の精神」という言葉を使います。特に改まった場面で使うことが多いかと思います。例えば「ラグビー精神」というものがあります。ボールゲームでありながら、試合中に実際にボールに触れている時間は実に少ないものです。驚くべきことでしょうが、試合中に1回しかボールに触れなかった、もしくは一度もボールにさわらなかったという選手も時々存在します。つまり試合中にやっていることのほとんどは、ボールに触れることのないサポートプレイです。味方のために体を張ること、これこそが「ラグビー精神」であると高校時代に教えられました。一見派手に見えるスポーツですが、地味なサポートプレイの中にこそ「ラグビー精神」の神髄があります。
「外科医の精神」というものもあります。私がこの世界に入った頃、外科医は365日、24時間、いつでもスタンバイの態勢をとらなければならないという指導を受けました。現代社会では全く通用しない理念ですが、この精神が自分自身を育ててくれた一因であるとも感じています。
ところで「何々の精神」という言葉です。ある人の精神と言えば、その人の考えや生き方などの象徴なのでしょうが、医療従事者の精神、教育者の精神、公務員の精神、はたまた親の精神、子供の精神、日本国民の精神、日本の精神、などと、実態があるようなないようなものまでも「何々の精神」と言います。翻って考えてみると、私たちが所属している集団の中で、自分自身の考えや態度、つまり自分自身の精神というのはあるのでしょうが、それは吹けば飛ぶような脆弱なものです。自分自身の弱い心を支え、倫理観を高め、冷静に責任感を持って物事に当たるための規範となり、その集団に帰属していることで安心感を与えてくれるものが「何々の精神」というものなのでしょう。それはその人がとるべき態度や立つ位置を示してくれます。
さて、今回のタイトルである「赤十字の精神」です。赤十字には基本原則があります。人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性の7つです。そしてこの基本原則をもとに、「苦しんでいる人を救いたいという思いを結集し、いかなる状況下でも、人間のいのちと健康、尊厳を守ります。」というのが赤十字の使命であり、赤十字の精神と言えます。
この赤十字の象徴ともいえる、日本赤十字社の元社長であり国際赤十字・赤新月社連盟の元会長の近衛忠輝日本赤十字社名誉社長がご逝去されました。5月31日夕方、原町赤十字病院職員を代表して通夜の席に参列しました。容易に見ることのできない「赤十字の精神」を垣間見た思いがしました。
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