墓参り

3月20日の日の春分の日、墓参りに行ってきました。この日は全く日が差すことのない、真冬に戻ったような冷え込みでした。今年は母親の1周忌でもありました。全くの偶然ですが、父親も今から26年前の2000年3月に亡くなり、二人ともお通夜が3月31日、告別式が4月1日に執り行われました。父親についてはこれも偶然でしょうが70歳の誕生日が告別式当日でした。桜が咲き始める頃です。

願わくは 花の下にて 春死なん その如月の望月の頃   西行法師

両親が西行法師をどこまで読み込んでいたか、今となっては知る由もありません。残念ながら今年の墓参りでは、桜の花を見出すことはできませんでした。

お彼岸に墓参りに行くと、必ず同じように墓参りをしている人たちに遭遇します。特に会話を交わすわけではありませんし、墓参りが終わればいつまでもそこに滞在しているわけでなく、お互い速やかにお墓を後にします。それは多少の違いはあれ、決められた(と言っても誰かに命令されたわけではありませんが)儀式を、粛々と行うといった感があります。すべての日本国民がそうであるということはないでしょうが、墓参りの習慣というものはやはり日本の伝統の一つなのでしょう。またそのように思うと、それはこれからも続いてほしいところでもあります。しかし現在の日本の現状を鑑みれば、それは大変難しくなっていることもわかります。家族というものの形が徐々に変化し、お墓の意義も問われることが多くなりました。別の視点から言えば、日本人の死に対する考え、あるいは覚悟、つまり死生観というものが、変化している現れかもしれません。

墓参りは故人を偲ぶことであると、以前は当たり前のように思っていました。しかし自分自身が還暦を過ぎ、今年64歳という年齢に達する昨今、墓参りに対する考え方が変わってきました。遠くない将来、自分自身の命が尽きることは明白なことです。墓参りとは、そのための準備を自分なりに行い、死に対する覚悟を醸成(この言葉が適切かどうかよくわかりませんが)する行為であり、そういう場でもあるのだと考えるようになりました。それはごく自然にそう思うようになりました。

萩原朔太郎の詩に、「艶めかしい墓場」というものがあります。墓地という場所は、人の心を穏やかにもするだけでなく、なんだか不思議な気持ちにさせる場所でもあります。艶めかしいという朔太郎の表現は官能的で大胆ですが、墓場というところが人によって多様な感情を惹起する場でもあるということなのでしょう。

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