自分の感受性くらい
最近NHKラジオで、詩人の茨木のり子を取り上げた番組が2回にわたって放送されました。1回目は気がつかず聞くことはできませんでしたが、2回目については聴き逃しサービスでぎりぎり聞くことができました。
私は好んで詩を読むことはなかったのですが、40歳を超えてからたまに図書館で借りるようになり、いくつかの詩を時々読んでいます。茨木のり子の詩もそのうちの一つであり、私の好きな詩人の一人です。茨木のり子の生まれは大正15年(1926年)で今年は生誕100年です。亡くなったのは平成18年(2006年)2月17日でちょうど20年前になります。
今回私が聴いたラジオでは、2004年にNHKラジオ番組で放送された77歳の彼女の声とともに、彼女の代表作である「わたしが一番きれいだったとき」「清談について」「自分の感受性くらい」「倚りかからず」が紹介されました。
茨木のり子の詩は平明な言葉を使い、断定的な表現が多く、とても強い柱を持った人というイメージがあります。聴き手のアナウンサーが「自分の感受性くらい」を朗読しました。読めば自分自身が励まされている、しっかりしろよ、と言われているような詩です。この詩について、彼女自身が語っていました。「自分は決して強い人間ではない、むしろ弱い人間である この詩は人のために、他人を励ますために書いたものではない この詩は自分自身を励ましているのだ」そして戦争中の経験を語ります。「当時、美しいものは悪であると教育を受けた 美しいものを求めるのは非国民である 美しいものに対して自ら蓋をしてしまった 今になって思うと、美しいものを美しいと感じる感性、感受性は正しかった それは大事にすべきものである」
「自分の感受性くらい」の詩を紹介します。自分を叱咤激励するために書いたということですが、やはり私たちの心に響きます。そしてやはり励まされます。
ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ
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