俊寛からMy Revolutionへ
毎月最後の日曜の21時より「古典芸能への招待」というNHK番組があります。これを録画し、1か月かけてのんびりと見るのがかなり前からの私の習慣の一つになっています。1か月という時間があるにもかかわらず時々見終わらないこともあり、その場合は録画を消去してしまうのでそれほど熱心に見ているわけではありません。昨年12月の放送では、歌舞伎の「俊寛」が放映されました。これまでにも数回放映されている人気演目ですので、ご存じの方も多いかと思います。
平家打倒の陰謀を企てた罪科により、俊寛を含め三名が薩摩の鬼界島に流されます。3年の後に臨時の恩赦が出ましたが、俊寛にはその許しが与えられません。(なおこのあたりの経緯は、歌舞伎と能ではかなり異なっています)二人を乗せた船が島を離れる時、名残を惜しみながら一人見送る俊寛の姿は悲しみを誘います。話としてはそれで終わりなのですが、船が俊寛の眼の届かないところまで離れた後もこの歌舞伎は数分続き、俊寛の慟哭する姿を私たちは見ることになります。そして、結局人は他人のことを知ることはできないし、人に寄り添うと言ってもそれは言葉だけのことに過ぎない、という思いに駆られます。この俊寛の姿は、私たち医療に携わるものに対するメッセージなのかもしれません。
正月三日、渡辺美里の昔のコンサートの様子がテレビで放送され、途中からですが熱心に見てしまいました。大学の最終学年、つまり昭和62年の夏から秋にかけて時々先輩宅で麻雀をする機会があったのですが、その時いつも流れていたのが渡辺美里の「My Revolution」でした。麻雀をしている時にはこの曲に特別な思いはなかったのですが、この曲のメロディの心地よさと歌詞の中のいくつかのフレーズと、My Revolutionというストレートなタイトルが私を徐々に惹きつけ、その後も時々渡辺美里の曲を聞いています。Revolutionだけだと歴史的な大事件とか、社会に大きな変革を起こすとかいった非常に大袈裟なイメージがありますが、Myという単語が一つ加わることで、個人のちっぽけな、ちょっとした変化でもオーケーだよ、という気にしてくれます。しかし他人には大したことではない、あるいは小さすぎて何も見えないとしても、本人にとっては結構大真面目なことなんだ、というニュアンスがMy Revolutionにはあると私自身は感じます。
令和8年が始まりました。どうか皆さんも、My Revolutionしてみてみてはいかがでしょうか。私自身も新しいことにチャレンジしてみようと思っています。
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