暑い夏

以前から感じていたことですが、天気予報の報道が多くなりましたよね。午前5時台のNHKラジオでは、3回も天気予報のコーナーがあります。ちょっと多すぎませんか、さっき聞いたよ、などと思いながらも毎日のように聞いています。天気予報というと私には「ヤン坊マー坊」が思い出されます。NHKでも天気予報の番組はあったと思いますが、あまり記憶にありません。天気が気になるのは大事な行事の前くらいですので、普段は天気予報を気にすることが少なかったのでしょう。夏は昼間暑いけれど朝夕は涼しい、そして時々夕立、というのが私の暮らした街の普通の自然現象だったと思います。今ではほとんどの家庭でエアコンはありますね。小中学時代、私が遊びに行く家にはありませんでした。(もしかしたらあったかもしれませんがそれは特別の部屋だけで、子供が集まる部屋にエアコンがあるということは考えられませんでした)我が家もありませんでした。扇風機と自然に入る風のみで夏を過ごしていましたし、それで問題はありませんでした。

いつから日本の夏がこんなに暑くなったのでしょうか。気象予報士の資格試験は平成6年(1994年)に始まったようです。それから天気予報が増え、日々の最高気温を知ることになり、よけいに暑さを意識するようになったような気がします。もちろん暑さの原因が気象予報士にあるわけではありません。しかし「暑い日が続いています。熱中症に注意して、適切にエアコンを使用してください」という言葉を毎日のように耳にすると、もう勘弁してください、という気持ちになってしまいます。誰もが気が付いていることですが、エアコンをはじめ多量の熱を発生する道具を使うことで、より暑くなっているということのでしょう。

暑い夏の思い出を一つだけ紹介します。大学時代の夏、高校時代の友人の会社でアルバイトをしたことがあります。友人の親は建設会社を営んでいて、立派な家に住んでいました。高校時代に数回泊まりに行ったことがあります。当然エアコンがある家でした。仕事というのは、畑の中の2㎞ほどの砂利道を舗装する仕事です。そこには日陰が全くありません。7月終わりから8月初めにかけて、毎日パーフェクトな晴天、とてつもない猛暑でした。暑くてたまらないのに、お昼は近くのラーメン屋でなぜか熱いラーメンを連日食べました。その友人とともに毎日汗だくになりながら仕事をして給料(お小遣い)をいただきました。その給料を懐に入れその友人とともに、ちょっと行ってくるかといった勢いで、エアコンのない車で北海道へ旅をしてきました。この友人とは今でも親しくさせてもらっています。


コメント

このブログの人気の投稿

中学時代の記憶

院長室便りを始めます

故郷忘じがたく候