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小栗上野介忠順

9月5日の土曜、新潟大学医学部学士会(有壬会 ゆうじんかい と読みます)の関東甲信静連合会総会が、群馬支部の当番のもとホテルメトロポリタン高崎で開催されました。この時の特別講演1では、倉渕町東善寺の村上泰賢住職が「幕府の運命 日本の運命 小栗上野介の日本改造」というタイトルでお話をされました。私は幕末や明治維新を題材にしたいくつかの小説を読んでいます。振り返って考えてみるとそのうちの7割以上は薩長側からの話であり、幕府側を中心に書かれたものは3割弱くらいでしょうか。その中に小栗上野介に関する記述は時々ありましたが、それは決して多くはなく、また私自身は小栗を中心に据えた小説を読んだことはありません。幕末の幕府側の役人に優秀な人材が数多くいたことは、私が読んだ小説の中でもたびたび触れられています。小栗のそのうちの一人と言って間違いないでしょう。残念ながら幕府側の多くの優秀な人材は、いわゆる官軍(村上住職は官軍ではなく、西軍、あるいは明治政府軍と呼ぶべきとおっしゃっていました 私もその通りだと思います)により斬殺され命を奪われました。世界史の中でも繰り返されることではありますが、一つの国で体制が大きく変化する時にはたくさんの血が流されます。たいていは、正義という剣を用いて、それがいかに理不尽であろうとも、容赦なく実行されました。これらは常に悲劇であり、人生の儚さを、無情を私たちに知らしめます。 小栗は江戸で旗本の家に生まれましたが、西軍により倉渕の屋敷で斬首されます。慶応4年4月のことです。その年の9月に明治に改元されました。 幕末の本を読むと、誰を中心にして書かれたものであるかによって、その内容は大きく異なります。同じ時代を生きたはずの人たちが、全く別の世界の住人のような趣があります。また政治とは関係ない民衆、あるいは政治によって翻弄される市井の人々のことも私たちは小説を通して心を通わせることもできます。つまり現在を生きる私たちは、ぞれぞれの視点で当時の世界を知ることができるということです。幕末や明治の初めが私たちを魅了してやまない所以です。 現代でも、異なる立場、異なる考えを持つものどうしが、それぞれの正義を振りかざします。正義という言葉は、使い方を間違えれば(間違わなくても?)、時に我々を狂気に陥らせることがあります。この言葉には、私たちは常に注意を払う必要がありま...