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こころをばなににたとへん

毎年梅雨の時期に必ずランニングするコースがあります。前橋の北に位置するあじさいの名所、荻窪公園です。先日、今年初めて行ってきました。あじさいがとても鮮やかで、早朝にも関わらず多くの人がいました。 あじさいは漢字では紫陽花と書きます。紫色の陽光の花とは何とも可憐ですね。もちろん当て字です。当て字とはいえ、紫陽花という文字はこの花の姿をよく表していると感じます。 紫陽花の名所は日本全国にあります。渋川の「小野池あじさい公園」もそのうちの一つです。行ったことのある人は多いのではないでしょうか。私もランニングで数回訪れたことがあります。しかし自宅からやや遠いことに加え、車の往来が激しいところを走らなければならず、ここ数年は足が遠のいています。 ところで紫陽花について小さな思い出があります。私は花を愛でる生活とは全くかけ離れた学生時代を送っていました。医師になって2年目の研修病院に勤務していた頃の話です。梅雨の季節に私が尊敬する先生が、「おお内田、鎌倉のあじさい寺に行ってきたぞ」と話されたことがありました。その先生とは利根中央病院元院長の都築靖先生で、私より20年程先輩にあたります。時々一緒に飲みに連れて行ってもらい、医師としての態度、医療全般のこと、そして医療とは関連のない様々なことについて多くのことを学ばせていただきました。今でも大変感謝しています。その先生があじさいを鑑賞するという目的で鎌倉まで行ったということが、当時はとても信じられませんでした。 それから30年以上の月日は経過しました。今では私も紫陽花を愛でる心の余裕が少しできたのかもしれません。じっくり眺めることはないのですが、雨に打たれる鮮やかな紫陽花に、心惹かれるようになりました。紫陽花は紫の陽光の花と書きますが、陽光のもとに輝くという意味より、雨に打たれながらも自らひっそりと光り輝いているという意味で、紫陽花という当て字があてがわれたのだろうと愚考しています。 今回の話は紫陽花が中心ですのでタイトルを「紫陽花」としてもよかったのですが、「こころをばなににたとへん」となっています。不思議に思われる方もいれば、すぐに気が付いた方もおられましょう。萩原朔太郎に「こころ」という詩があります。こころを三つの例えで示しています。最初の例えが紫陽花です。冒頭部分だけ紹介します。紫陽花を見ると、この詩が頭に浮かんできます。 ...

高崎芸術劇場

先日初めて高崎芸術劇場を訪れました。もちろん演奏を聴くためですが、建物自体にも興味がありました。音楽のためだけの劇場というものはいいですね。気のせいでしょうがそこにいる人たちは皆美しく見えてしまいますし、皆善い人のような気がしてしまいます。その場に身を置いているだけで、とても心地よく感じました。 私は音楽が好きですので、一人の時であれば必ず何らかの音楽を流しています。しかしたいがいは本を読みながら、あるいは仕事をしながらですので、音楽をじっくり味わいながら聴くということはあまりありません。それでも流れてくる音楽が急に自分の心身に襲い掛かり、何らかの情動などが沸き立つことも、極まれですが経験するところです。 音楽の演奏会にはいつも行きたいと思っていましたが、大学卒業後はほとんど出向くことはありませんでした。仕事が忙しかったということではなく、自分の気持ちに余裕がなかったためだと思います。自分が思うほど、音楽のことが好きでなかったのかもしれません。しかしここ数年は知り合いの方々から演奏会の話をいただくことがあり、できる限り参加しています。そのたびに音楽の魅力を実感し、いつかは音楽のためだけの会場で生の演奏を聴いてみたいという気持ちが日に日に強くなっていました。 小中学校時代、地元の市民会館で開催されたクラッシックの音楽会にはよく聴きに行きました。当時「オーケストラがやってきた」というテレビ番組があったのですが、その公開放送にも行ったことがあります。(ドリフの公開放送には友人とともに複数枚のはがきを送ったのですが、残念ながら外れて行けなかったことを急に思い出しました ついでに書き加えます)その頃から、いつかは音楽専門の会場で音楽を聴いてみたいと思っていました。 振り返ると、音楽のためだけの会場に行ったことは3回のみです。最初は大学浪人時代の東京文化会館、そして大学卒業旅行で行ったスカラ座とオペラ座です。今回がなんと36年ぶりということになります。 今回の演奏会の曲目の一つが、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番でした。私がとても好きな曲の一つです。オープニングのクラリネットの音を耳にしただけで夢見心地になってしまいました。第3楽章の最後のクライマックスの部分は、何度聴いても自分自身を高揚させ、まだ終わりにならないでほしいと余韻に浸ってしまいます。だからこそいつまでも心に残る...

 6月8日の早朝、いつものようにランニングをしていたとき、蛇に2回遭遇しました。蛇を見るのは2,3年に1回ですので、1日に2回は初めてのことだと思います。広いランニングコースであれば避けることは容易ですが、狭いコースですと大変です。最初はやや狭いコースでしたが端にいたため素早く走り抜け、二度目は広いコースでしたので難なく走り切ることができました。この時期は時々起こることなので、少しばかり注意してコースを選んでいます。 ところでなぜ私たちは蛇を恐れるのでしょうか。恐れない人もいるのでしょうが、たぶんそれは少数派ではないでしょうか。 今まで蛇に危害を加えられたことは全くないのですが、個人的にはどうしても好意を抱くことができません。これは偏見なのかもしれませんが、ある研究によると蛇を恐れるのは「恐怖の情動反応」という考え方があるようです。「情動」とは感情のひとつで、急激に生起し短期間で終始する反応振幅の大きい一過性の感情状態と定義されているようです。中長期的に持続する「気分」とは異なるものです。「情動」の要因としては、外界に対する反応に加え過去の体験をもとに構築される、普段抑制されている情動を関連する爬虫類の脳がある状況で生起される、そして「怖れ」という概念を経験し知覚していることで生起される、といった三つのことが考えられているようです。難しいことを書きましたが、もちろんある博士の説を要約したものです。 なぜ蛇が怖いのか、これは「恐怖の情動反応」というものがその原因ということですが、それを知ったからといって蛇が怖くなるわけではありません。当然ですよね。ところで三つ目の説である、その概念を経験していること、理解していることが情動を引き起こすというのは、なんとなく納得するものです。 6月9日、第10回日本栄養治療学会関越支部学術集会が開催されました。原町赤十字病院の50名近い職員をはじめ、多くの人たちの協力を得て、無事大会長の役目を終えることができました。この場を借りて深く感謝いたします。この大会の準備する中で、そして大会中も、振幅の差こそあれ様々な情動が沸き起こったような気がします。それはプレッシャーになることもあれば、自分自身を励ますこともありました。生きていく上で「情動」という刺激は常に存在し、それを何らかの方法で私たちは対応していくことになります。乗り越えるこ...

環境の力

サマーセット・モームの短編のひとつに「環境の力」という作品があります。高校時代にこの作品を読みました。その後その筋書きなどはすっかり忘れていたのですが、そのタイトルだけはずっと心の片隅に残っていました。少年なりに、当時の自分の置かれている環境に対して抗う気持ちがあったのでしょう。分かりやすいそのタイトルは、自分自身を鼓舞する一つのキーワードでもありました。モームには他にも多数の名作があります。いくつかの作品を大学時代に読みましたが、その中には私の人生に深く影響を与えたものもあります。 大学卒業後、モームの作品を手に取ることは全くありませんでした。40年近く経過し現在の立場になった1年程前、図書館でたまたま「環境の力」を含むモームの短篇集が目に入り、改めて読むこととしました。内容はタイトル通りですので、読まなくともその中身はだいたい想像はできるでしょう。 少年時代、環境の力はとても巨大で、態度に現さずとも常にそれに対して抵抗していたような気がします。そして自分なりの鍛錬や努力で、それを打ち負かすことができるとも思っていました。それがいつしか自分の考えが変わってきたようです。いつからなのかよくわかりません。日々の生活を送ることが精一杯だったからなのでしょうか。環境は打ち負かす対象ではなくなっていました。むしろ自分の置かれた環境を受けとめ、それを十分考慮に入れることによって、物事を考えるようになっていました。 「地域医療構想」というものをご存じでしょうか。「中長期的な人口構造や地域の医療ニーズの質・量の変化を見据え、医療機関の機能分化・連携を進め、良質かつ適切な医療を効率的に提供できる体制の確保を目的とするもの」とされています。言い換えれば「現在だけでなく未来についても自分たちの置かれた環境をよく把握し、しっかりとした医療体制を構築せよ」ということでしょう。 少年時代は対峙するものであった「環境」は、今では冷静に受け止め知的に理解すべきものに変わりました。「環境」には確かに力があります。日本のほとんどの地域は、人口減少、少子高齢化が進みます。自分たちだけが、自分だけがよければよい、という考えでは必ず行き詰ります。同じ環境で生活する様々な人たちと協力することが大事なのだと思います。 そして私たちはいつまでも「環境の力」にひれ伏す必要はありません。私たちには英知があります。私...